​【生存】奴隷の首輪と、自前の翼

現場付近の菊名桜山公園にて撮影。珍しい草花が多い。

​1. 呼び名の境界線

​現場には、年齢という物差しを無効化する「経験」という名の絶対的な階級がある。

年下のベテランに「君」呼ばわりされる。それはまだいい。彼らが現場の理(ことわり)を叩き込んでくれる以上、そこには敬意が介在しているからだ。

​だが、ふとした瞬間に飛んでくる「お前」や、吐き捨てられる呼び捨て。

その瞬間、俺の胸の奥で、何かが小さく、鋭く軋む。自尊心の残骸か、あるいは老兵の矜持か。微妙な感情の澱(おり)を飲み込みながら、心の中で叫ぶ。

「この糞どぉもんが」と。

​2. 奴隷の首輪と、自前の翼

​たまに現場で一緒になるKさんは、俺よりわずか2ヶ月先にこの世界に入った定年退職組の男だ。彼は日勤と夜勤を猛烈にこなし、キャリアの溝を強引に埋めていた。

​「Kさんは、2交(交通誘導警備業務2級検定)受けるんですか?」

​俺の問いに、Kさんはぶっきらぼうに、だが噛み締めるように答えた。

「……YAさんを見てみなよ。会社に首根っこを掴まれて、動けなくなってるだろ。彼が行ってるのは面白くもなんともない、ストレスが溜まる現場ばかりだよ。会社の金で検定受けるとそうなる。俺は、直検(直接検定)を受けるつもりだ。内勤にゃぐだぐだ言わせねーよ」

​Kさんは、会社の『資格取得支援制度』が、自分を繋ぎ止めるための『飼い葉』に過ぎないことを見抜いていた。彼は、会社に自身を翻弄させず、「2交」という「翼」を自費で手に入れる。それが、自分を奴隷に落とさないための、彼なりの抗い方なのだろう。

​3. 無線から響く、10年後の自分

​他支社の応援で入った、​古いアスファルトをバリバリと削り取って新しく敷き直す(切削オーバーレイ)現場。

70代と思わしき隊員が、枝道から本線へ出る車の誘導を任されていた。本線では、片側交互通行をしている。その70代の隊員が一歩間違えれば、車両同士がお見合いし、本線の流れを寸断してしまう。車両のスピード次第では事故に繋がる恐れがある。

​彼は、うまく動けなかった。

全員同じチャンネルの無線から怒号が聞こえる。

「出すな!出すな!出すなっ!」

枝道から出た車両を流れとは逆に誘導しようとしていたのだ。

​隣にいた話好きの隊員が、俺に言った。

「Shokuさん、年取ってあんな風になるなよ」

俺は何も答えられなかった。

​あと10年。もし俺がこの現場に立ち続けていたら、無線越しに罵倒されているのは、俺自身かもしれない。あの70代の隊員は、未来の俺なのではないか?

結び:泥を積む、それだけの戦い

​​経験さえあれば、息子のような世代から「使えない老害」と罵られる屈辱を、わずかでも押し返せるかもしれない。

2号警備員というキャリアは、人生の土壇場、本当に食い詰めた時に自分を支える「最後の食い扶持」になるかもしれない。交通誘導に雑踏警備の経験。検定に警備員指導教育責任者(2号)の国家資格もある。

でも、経験4ヶ月の​俺は、誰かにこの道を勧めたいわけじゃないんだ。

ただ、俺自身は、しばらくこの監獄のような現場で月日を積み上げていく。死に際の自分に、せめて一膳の飯を食わせるために。これは俺の生存戦略なのだ。

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この記事を書いた人

【絶望2号警備員 Shoku-Shoku-Shi】

58歳、新人2号警備員。米大卒、資産ゼロ、家族とは疎遠。 父の死に空を埋めた鳥の大群。その情景を胸に、今も路上に立っている。

行政書士、宅建士、指導教(4号)合格。 支配するのは、上200の血圧(白衣)と糖尿病の警鐘。 衰え、壊れ、緊張に怯える肉体と精神。

これは絶望の淵で己の「機嫌」を取り、呼吸する男の生存記録である。

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