2020年5月29日。あの日、世界はコロナという名の死神に首を絞められ、俺の部屋の空気も、澱んだ湿気とともにただ重く、動かぬまま固まっていた。
「宅建を取る。4万円の通信講座を始める」
知人が吐き出したその言葉は、俺の空っぽな胃袋に小石を投げ込んだようなものだ。「じゃあ、俺も受けよう」。動機なんて、ドブネズミの死骸よりも価値がない。だが、その知人は一ヶ月もしないうちに、さっさと戦線を離脱しやがった。
俺の喉元に突き刺さったのは、裏切られたという怒りではない。唯一の道標を失い、霧の深い崖っぷちに独り取り残されたような、あの救いようのない虚無感だ。
「……やっぱりな」
小声でそう吐き捨て、俺は一人、机に向かった。
通信教育という「敗北の残骸」
俺にとって通信教育とは、かつて「進研ゼミ」や「蛍雪サークル」をドブに捨て、親の金を紙屑に変えてきた、己の無能さを証明するための契約書に過ぎない。挫折を予約し、自尊心を削り取るための悪習。
コロナ禍、マスクで表情を奪われた人々が息を潜めていたあの異様な静寂の中、通学という選択肢は最初から死んでいた。結局、俺の前に残されたのは「独学」という名の、あまりに静かで、逃げ場のない一本の細い道だけだった。
削り取られた「生存コスト」の記録
自分というボロ雑巾を守るための「防具」に、一銭の余分な金もかけたくない。ヤフオクという名の電子の墓場を這いずり回り、誰かが使い古し、捨てていった2020年版の残骸を、クーポンというグリコのおまけと子どもの小遣い程度の金で拾い集めた。 10月と12月の2回試験という異例の事態に揺れた、あの年の混迷を象徴するような残骸を。
書籍代に、受験料や郵便代、電車賃(当時)を足したところで、知人が放り出した4万円の半分にも満たない。俺の価値は、その程度だ。
• 書籍代(ヤフオク・楽天ブックス): 7,620円
• 受験料・手数料(当時): 7,100円
• 簡易書留代(当時): 440円
• 往復電車賃(当時): 566円
• 総合計: 15,726円
この端金で、俺という人間の歪な輪郭を、宅建士という名の「盾」で補強できるなら安いものだ。そう思わなければ、やっていられなかった。
逃げ場のない反復――自分を殺す5往復
同年6月1日。俺は「テキストを5回読み、過去問題集を5回解く」という、自分を騙し続けるための泥沼に足を踏み入れた。
教科書を捲り、問題を解く。その単調な繰り返しは、無機質な日々の時間を、ただ一枚ずつカミソリで削ぎ落としていく作業に似ていた。合格したところで何が変わる?実務経験も、登録する金も、不動産ビジネスをする友人もいない俺は、不動産業界という名の「壁」の向こう側に立ち続ける、ただの異邦人に過ぎない。
だが、それでもいい。何も持たず、守り方も知らず、ただ何かに追い詰められるような得体の知れない不安に怯えながら立ち尽くしていた昨日までの自分。その「無防備な自分」を冷めた目で見つめ直しながら、俺は腹の底で、世の中を形作る「理(ことわり)」という名の武装をようやく始められたことに、「これで少しはマシになる」という、確かな手応えを感じていた。
救いのない合格の先に
宅建士の試験。楽天ブックスで最新の教科書をポチるその瞬間、俺は自分の「卑しさ」を突きつけられた気がした。 ヤフオクで拾い集めた「型落ちの残骸」の中に、一冊だけ新品の最新版を混ぜ込み、それで合格を掴もうとする帳尻合わせ。他人の土地や権利を法律で扱う資格を得ようとしながら、当の自分は、数百円をケチって中古本を漁っている。その矛盾と、余裕のなさが滑稽だった。
だが、それでもいい。この資格は、剥き出しの現実から自分を守るための、血の滲んだ「防弾チョッキ」になる。合格の先にステキな未来が待っているなんて、恵まれた奴らの綺麗事だ。
俺に言えるのは、ただ一つ。この程度のコストで、自分という存在が、絶望の淵からほんの数ミリだけマシな地平に這い上がれるのなら、悪くない博打だということだけだ。
「……糞どぉもんが」
あの知人の顔が、また脳裏で嘲笑いよる。

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