「そーれがど、お、し、たっ、ぼくドラえもんっ!」
肺の奥に溜まった澱(おり)を吐き出すような、乾いた咆哮。 閉塞感、無力感、倦怠感、孤独感。そして、浅い息が止まない焦燥感。 四方八方から包囲するネガティブの軍勢に、俺の精神はとうに陥落していた。
思わず口に出た言葉がそれだった。普段なら浅い息と共にうめき声を発してジャーナリング(Morning Pages)に進むのだが、今日は違った。
自分の機嫌を取る良い案が浮かんだのだ。
かつての友人が教えてくれた「逃げ場所」へ這いつくばるように向かう。 そこは武蔵小山温泉「清水湯」。最後に行ったのはもう五年ほど前だろうか。その歳月は、俺を救うにはあまりに長かった。

1. 輪郭の喪失:武蔵小山温泉「清水湯」の黒湯
狙いは、光を拒絶する「黒湯」だ。
どす黒い重油のような湯船に、崩れかけた肉体を沈める。 漆黒の闇が、俺という人間の忌まわしい輪郭を飲み込んでいく。それが、今の俺に許された唯一の慈悲だ。 鏡に映る、生気を失った老兵。惨めな昨日、絶望的な明日。 それらすべてを、この黒い静寂の中に沈み入れる。 火照った体を水風呂へ、あるいは凍てつく外気へと叩きつける。 その暴力的な温度差だけが、思考という名の地獄から、刹那の間だけ俺を切り離してくれる。
2. 0.1秒の処刑:缶ビール(キリンラガービール)
風呂上がりの500円の生ビール。それは、まともな人間が享受する「娯楽」だ。 俺には、スーパーの棚に陳列され、しかも冷えてない安売りの缶で十分だ。 無論、冷蔵庫でキンキンに冷やしておく。プルタブを抉り取る音。それは、俺の僅かな良心を切り裂く音だ。 喉を焼く、暴力的な炭酸と苦味。
「糞どぉもんが……」
漏れるのは、呪詛しかない。 明日という名の「さらなる深淵」を、一秒だけ、一ミリも考えなくて済むのなら、この液体が毒であっても、俺は一滴残らず啜り尽くしていただろう。

3. 終焉の共犯者:インスタントラーメン(明星 中華三昧 酸辣湯麺)
薄汚れたアルミ鍋の中で、安っぽい情熱のように煮える「明星 中華三昧 酸辣湯麺」。 食塩相当量 6.3g。

糖尿、高血圧。老いさらばえた体へ宣告された死刑判決。 暗黙の了解のベジファーストのサラダに、「松屋」で掠め取ったドレッシングをかける。 その惨めな儀式が、俺の卑屈さをより一層引き立てる。
化学調味料が凝縮された、毒々しいまでに赤いスープ。 それが喉を通る時、俺の奥底で何かが決定的に壊れる音がした。 だが、その背徳感に満ちた熱さだけが、今の俺を世界に繋ぎ止める、唯一の、およびあまりに細い「錨(いかり)」なのだ。
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結び:泥にまみれた「延命」
黒湯で自分を殺し、ビールで意識を殺し、乾麺で空腹を騙す。 これは「再生」などという、輝かしい言葉で呼べるものではない。 ただの、「泥を啜るような延命」だ。
明日の朝、目が覚めた瞬間に、またあの底知れぬ無力感が襲いかかってくる。 わかっている。それでも、この数時間の逃避という名の「執行猶予」があれば、明日もまた、地べたを這いずることができる。
武蔵小山温泉、缶ビール、そしてインスタントラーメン。 最後の一仕上げにかける「こしょう」は、どこを探しても見当たらなかった。 せっかくのトッピングもイマイチだ。
その救いようのない欠落を笑う気力もなく、俺はただ独り、冷めていく残り汁を啜り続けた。


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